銭湯で!?クラシックコンサート

ある秋の日の午後、深大寺東町にある銭湯「梅の湯」に、地域のみなさんが続々とやって来ました。昼間から銭湯にたくさんの人たちが集まる理由とは…?

実はこの日、ピアノとヴァイオリンによるクラシックコンサートが大浴場を会場にして行われるというのです。その名も「梅の湯×野ヶ谷の郷クラシックコンサート」。

▲長い煙突が目印の「梅の湯」

 

演奏するのは、調布市在住でピアニストの高見秀太朗さんです。2021年から、「市民活動支援センターブランチ野ヶ谷の郷」(調布市深大寺東町6-27-3)の運営委員会メンバーと協働し、1年に1回のペースでクラシックコンサートを行っています。

高見さんは、音楽を身近に感じてもらう中でコミュニティの活性化を目指しているという「100万人のクラシックライブ」運営メンバーであり、学生時代に立ち上げた音楽団体「MECP(Music Explorer Concert Project)」の代表。桐朋女子高等学校音楽科(男女共学)在学中から音楽を通したボランティア活動を行っています。また、調布市が共催している「調布まち活フェスタ」の実行委員を第1回から務めるなど、クラシック音楽を通した地域活動は多岐にわたります。

▲来場者の前で挨拶をする高見さん

 

「梅の湯」に集まった観客は約60人。大浴場には電子ピアノと譜面台が置かれ、ずらりと椅子が並んでいます。更に、それだけでは入りきらないと、脱衣場や壁で隔てられた(天井部分は吹き抜けになっています)隣の浴場にも座席が用意されていました。

高見さんと一緒に演奏するのはヴァイオリニスト柳澤良音さん(100万人のクラシックライブメンバー)。オープニングトークの後、エルガーの「愛のあいさつ」で演奏が始まりました。

天井が高くタイル張りの広い大浴場では、ヴァイオリンやピアノの音色がしっかりと心地よく響きます。目をつぶると、まるでコンサートホールにいるかのよう。この日の演目は有名なクラシックの曲からタンゴ、童謡まで。それぞれの楽曲についてのトークもわかりやすく、軽やか。観客のみなさんはますますリラックス!1時間ほどのコンサートでしたが、幅広く、さまざまな曲を楽しむことができました。

▲明るいトークを織り交ぜながらのコンサートは和やかな空気に包まれていました

 

銭湯コンサートの醍醐味は「間近で、気楽にクラシックコンサートを楽しめる」こと。童謡「ふるさと」の演奏時には、観客席から自然と歌声が聞こえてくるなど、大ホールでのクラシックコンサートとは趣の違う、温かな雰囲気が印象的でした。

▲お二人の演奏の様子。隣の浴室では姿は見えませんが演奏は聞こえます

 

このクラシックコンサートは地域住民に広く開かれたイベントです。参加は無料で申し込み制、受付時に銭湯の無料招待券をお土産にもらえるという特典付きです。

一度行ったら、来年もまた行きたくなる…参加者の中には「この日に合わせて体調を整えてきた」という方もいらっしゃるほどの大人気コンサートなのです。

演奏家にとっても理想のコンサート

コンサートの後、梅の湯と通りを挟んだところにある「野ヶ谷の郷」で、高見さんにお話を伺いました。


▲野ヶ谷の郷は地域のボランティア活動拠点にもなっています

 

―銭湯でのコンサート、素晴らしくて感動しました。

高見さん:調布市社会福祉協議会の方の提案で、「野ヶ谷の郷」運営代表の四家綾子さんを中心としたボランティアスタッフのみなさんと一緒にこのイベントを立ち上げたのが5年前、今年で5回目になります。銭湯の定休日である月曜日に「梅の湯」をお借りして実施するこのコンサートは、地域の方々と私たちが音楽を通して交流のできる非常に価値のある場所だと思っています。実のところ、始める前は環境面の心配もありました。ところが演奏してみると、音は見事に響き渡ります。そして、銭湯は普段みなさんがリラックスして過ごしているところですから、まさに「音楽がお湯のかわりとなり人と人をつなぐ」ことができる。本当に素晴らしい場だと感じています。

―音がきれいに響いていてびっくりしました。そしてみなさんがこのイベントを心待ちにされていることも伝わってきました。

高見さん:会場(大浴場)ではお客さんと演奏家の距離も近く、みなさんが音楽を楽しんでいるというムードが私たちにもひしひしと伝わってきます。

「つながる」「交流する」

―演奏後は地域のみなさんが楽しそうに言葉を交わし合う場面も多く見られました。

高見さん:現代はどうしても「孤立しがちな社会」ということもあり、地域の皆さんがゆるやかに「つながる・交流する」きっかけをつくることはとても大切だと思っています。きっかけはあればあるほど良いと思っていますし、自分自身の活動においては、音楽がきっかけになるのが理想です。

学生時代に始めた「市民活動」とその原動力

―高見さんは、学生のころから市民活動に関わられていますが、そのきっかけとは?

高見さん:私が中学3年生のときに起きた東日本大震災です。すでに音楽を学ぶことを進路に決めていたのですが、報道を通じて震災の被害を目の当たりにした時に「自分に何ができるのか」「どうしたら音楽が社会の役に立つのか」と考えるようになり、高校生の時に学校の仲間と立ち上げたのがMECPです。

―当時、実際にボランティアに参加されたのですか?

高見さん:はい。東北の被災地に行き、復興住宅や学校などで、コンサートやワークショップを開催しました。その活動を通して、地域で人と人とがつながり、支え合うことの大切さを体感したのです。そして「つながり作りは、被災地だけでなく地元調布でも必要なのではないか」と思うようになりました。

▲被災地での音楽活動の様子。みなさん笑顔で交流を楽しんでいます。
(写真:高見さん提供)

 

高見さん: MECPで活動し始めたころは、調布市の市民活動支援センターや社会福祉協議会、協働推進課など、たくさんの方々に支えていただき、音楽を通した地域でのボランティア活動ができました。私自身、地域に育てていただいたという実感があります。そのため、地域活動・市民活動の活性化を目指す「まち活フェスタ」には、現在も実行委員として参加しています。

―日頃は、どのような活動をされているのですか。

高見さん:「100万人のクラシックライブ」の仲間とコンサートを行っています。団体としては年間1250回以上のコンサートを行っており、私は運営メンバーとして関わっています。また調布ではMECPの活動として、引き続きボランティアでの演奏も行っています。音楽は言葉では伝えきれないことも伝えられるし、言葉にできない思いを音にのせて寄り添うことができると感じていて、その感覚をあらゆる人と共有したいと考えています。

▲100万人のクラシックライブ、地域での活動の様子。(写真:高見さん提供)

 

―そのように積極的に活動をされている原動力はどこから生まれているのでしょう。

高見さん:「やらなければならない」という使命感に尽きます。実際、被災地で活動する中で、音楽が人と人をつなぐ瞬間を何回も目の当たりにしました。たとえばコンサート終演後に、自然と会話が生まれ、そこからコミュニティが動き出す、課題解決につながるという場面にも立ち会うことができました。どれも忘れられない経験です。

▲インタビューにこたえる高見さん

若い世代と一緒に市民活動

―今日の演奏は、100万人のクラシックライブメンバーの柳澤さんとご一緒でした。

高見さん:活動を広げていくために、仲間作りは欠かせません。私の場合は後輩の演奏家とも積極的に共演していて、それぞれの地域の方たちと近い距離で、音楽を共有する感覚を体験することは、演奏家にとっても大きな意味があります。音楽は一方通行ではなく、双方向のやりとりの中でこそ意味を持つものだと思っていますので、これからもそのような機会をたくさんつくっていきたいです。

 

―若い人たちが地域活動に関わるためには、どのようなきっかけが必要だとお考えですか?

高見さん:若い人たちが地域の課題に気づくことのできる環境だと思います。たとえば、市が主催するさまざまなイベントに出席するのも、そのひとつかもしれません。自然とそこで多世代が交流する場面もあるかもしれませんし、同じ空間を共有するだけでも自然とつながりも生まれることでしょう。私自身も音楽や市民活動を通じて、そのような場を増やしていきたいと思っていますし、こうした場に関わり、参加する動機として音楽が役立てばと願っています。

地域活動について考えるKIKKAKEカフェ

インタビュー後の11月29日には、地域活動がテーマの「KIKKAKEカフェ」(調布市市制施行70周年記念事業)が開催され、高見さんも登壇されました。

▲イベント全体の運営も高見さんほかMECPのメンバーが担いました

 

「調布のこと、みんなで、話そう。」をサブタイトルに、地域活動について話し合われ、高見さんはパネリストとして参加。平澤和哉さん(NPO法人ちょうふこどもネット理事長)、西村達也さん(みんぐるりんご)とのトークセッションが行われました。

▲左から西村達也さん、平澤和哉さん、そして高見さん

 

その中で高見さんは「社会課題は他人事になりやすい。くらしの周りにある課題を自分事として捉えるアンテナが必要」「居場所は物理的な空間だけでなく、心が落ち着く場でもある」など、自身の経験に基づいた考えを語りました。

その後は、高見さんとヴァイオリニスト小野山莉々香さんによる生演奏。

▲クラシックだけでなく、市歌「わが町調布」なども演奏されました

 

イベントの後半は和やかな雰囲気の中、参加者によるワールドカフェ形式(少人数で対話を繰り返すスタイル)での意見交換が行われました。会場には多世代が集い、音楽や対話を通じて交流。たくさんのアイデアが生まれ、みんなで調布の未来に思いを馳せました。

▲終了後の記念撮影。みなさん笑顔です!

 

高校生の頃に地域活動の大切さを感じた高見さん。地域活動に関心を持つ年代は人それぞれかもしれませんが、「人と人がつながること」の大切さは多世代に共通するもの。高見さんの活動は私たち一人ひとりが「自分には何ができるか」を考えるきっかけにもなりそうです。

 

取材・執筆・撮影:コサイト編集部(NPO法人ちょうふ子育てネットワーク・ちょこネット(外部サイト)

取材・撮影協力:
梅の湯(外部サイト
野ヶ谷の郷(外部サイト

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